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電子レンジの周波数は自分で変更できる?
※このページはMathJaxを使用しているため、W3C仕様に準拠しておりません。

  最近はインバータ式でヘルツフリーの電子レンジが増えてきましたが、 単機能や少し古い物では50Hz、60Hz専用の物がまだまだあります。 昔は引越しで電源周波数の違う地域に電子レンジを持っていく場合、 メーカーに頼めば1~2万円程度で周波数を変更してくれたそうです。 今では、単機能レンジなら買い直したほうが安く、高い機種は元々ヘルツフリーなので、 周波数変更の改造をしてもらうことはあまりないと思います。ならば、自分で改造することはできるのか? ということを考えてみたいと思います。間違っている部分もあるかと思いますので、指摘いただけると幸いです。

  最近普及しているインバータ式の電子レンジは、一度商用電源を整流して、 発振回路で高周波を発生させて昇圧しているので、当然ヘルツフリーです。 しかし、安い単機能レンジなどは、商用周波数で直接昇圧しているため、50/60Hz専用です。 中には、周波数を切り替えできる製品もあります。

  ここで、電子レンジの主要部品だけを記した回路図を見てみます。

  高圧トランスからは高圧出力とヒーター出力の巻線が出ていて、マグネトロン、高圧コンデンサ、 高圧ダイオードが接続されています。この回路は半波倍電圧整流回路になっており、 マグネトロンには2次側電圧の倍、だいたい4kVがかかっています。 倍電圧整流回路と言ってもダイオードが足りないじゃないかと思うかもしれませんが、マグネトロンは2極管なので、 それ自体がダイオードとしても働きます。高圧トランスはわざと漏れ磁束を大きくしたリーケージトランスになっており、 2次側電流が過大になると、漏れ磁束が増加して電圧が急降下し、電流を一定にする特性がありますので、 マグネトロンの保護に役立ちます。2次巻線と並列に接続された高圧コンデンサはLC並列共振回路を構成しており、 入力電圧が変化しても出力電圧にほぼ影響しない鉄共振現象を応用した定電圧回路になっています。

  電子レンジの回路をLTspiceでシミュレーションしてみました。 マグネトロンはダイオードとして扱っています。トランスの2次側電圧2kVに対して、 マグネトロンの陰極側が-4kVの脈流になっており、実質陽極側が+4kVになります。 回路図にはなかったC2がないと倍電圧整流回路として働かないはずですが、マグネトロンが キャパシタンスを持っているものと考えてよいのでしょうか?そこはよく分かりません。なのでC2の値は適当です。 では、電子レンジに適合しない周波数を印加すると何が起こるのか考えてみます。

鉄心中の磁束
  詳細は電磁気学の教科書に譲るとして、まず、トランスに交流電源を接続したとき、 2次側に誘起される電圧E2は、

E 2 = 2 × π × f × n 2 × φ m
f:周波数   n2:2次コイル巻数   φm:鉄心中の磁束

で与えられます。鉄心中の磁束φmは、

φ m = E 2 2 × π × f × n 2

ですから、50Hz、60Hzのときの磁束の比を取ると、

φ 50 φ 60 = 60 50 = 1.2

となり、60Hz用のトランスに50Hzの電源を接続すると、定格の120%の磁束が生じ、過飽和状態になりますので、 定格に余裕がない場合、トランスが過熱する可能性があります。また、漏れ磁束が増加することで、 2次側電圧が低下するかもしれません。逆に、50Hz用のトランスに60Hzの電源を接続した場合は、 磁束は定格の83%となり、却って余裕があります。しかし、漏れ磁束が減少することで2次側電圧が上昇するかもしれません。

定電圧回路
  2次側回路は鉄共振による定電圧回路になっているため、周波数が20%ずれることで共振点を外れ、 電圧が不安定になる可能性があります。

マイクロ波電力
  電子レンジは50/60Hzの高圧出力を半波整流しかしていないので、 マグネトロンに印加される電圧は脈流であり、マイクロ波はパルス出力に近い状態になります。 もし、50Hz用の電子レンジを60Hzで使うと、1秒間に50回だったパルス出力は60回に増え、 平均電力は1.2倍に増加します。マグネトロンの定格に余裕がない場合は過熱する可能性がありますし、 500Wの電子レンジなら600W相当になりますから、食品も過熱してしまうかもしれません。 逆に60Hz用の電子レンジを50Hzで使うと、500Wの電子レンジなら416W相当になりますから、 パワー不足を感じるかもしれません。

ここまでのまとめ

50Hz用の回路に60Hzを印加した場合

現象 考えられる問題点
トランス 磁束が定格の83%になる 2次側電圧が上昇
定電圧回路 共振点から外れる 電圧不安定
マグネトロン 出力電力が20%増加 過熱、寿命の低下
加熱対象 マイクロ波電力が20%増加 過熱による焦げ

60Hz用の回路に50Hzを印加した場合

現象 考えられる問題点
トランス 磁束が定格の120%になる 過熱による焼損
2次側電圧の低下
定電圧回路 共振点から外れる 電圧不安定
マグネトロン 出力電力が20%低下
加熱対象 マイクロ波電力が20%低下 加熱不足

周波数を変更するための改造
 では、周波数を変更するためにはどうしたらいいか考えます。

50Hz → 60Hz
  50Hz用の回路で60Hzを印加すると、トランスはさほど問題ありませんが、 マイクロ波出力電力が20%増加しますので、これを下げなければいけません。 倍電圧整流回路の電流はコンデンサの容量に影響されます。 コンデンサの電流Ic

I c = C × dV c dt
C:静電容量 Vc:端子電圧

ですから、電流とコンデンサの容量は比例します。 マグネトロンのマイクロ波出力は陽極電流とほぼ正比例しますから、 電力を0.8倍にしたいならコンデンサ容量を0.8倍にすればいいはずです。 一方、定電圧回路の共振周波数をしっかり合わせるという観点で考えると、 LC並列共振回路の共振周波数ω0は、

ω 0 = 1 L × C    ω 0 = 2 π f 0

ですから、

C 50 C 60 = ω 60 2 ω 50 2 = 1.44 (逆数は0.69)

となるので、コンデンサ容量を0.69倍すべきだということになります。

60Hz → 50Hz   60Hz用の回路に50Hzを印加すると、トランスが過飽和になりますので、まずトランスを交換しなければなりません。 もし50Hz/60Hzと書いてあるトランスであれば問題ありません。仮にトランス問題をクリアできたとして、 マイクロ波出力電力が20%低下しますので、これを上げるためには、 コンデンサ容量を0.8の逆数1.25倍にすればいいはずです。 一方、定電圧回路の共振周波数を合わせるという観点で考えると、 コンデンサ容量を1.44倍すべきだということになります。

実際の製品はどうなっている?
  実際の電子レンジに使われているコンデンサの容量はどうなっているのか調べてみます。 こちらのサイトでは、 周波数を認識して自動で50/60Hzを切り替える電子レンジを分解しています。 50Hz用コンデンサは0.95uF、60Hz用は0.67uFで、容量が0.71(逆数は1.41)倍異なっています。 マグネトロン用高圧トランスを製造している 田淵電機の製品情報を見ると、 50/60Hz共用のトランスは2つラインナップされており、 0.84/0.61μF(1.38/0.73倍)、0.97/0.67μF(1.45/0.69倍)となっています。 したがって、まとめると以下のようになります。

50 → 60Hzへ変更する場合

トランス 交換不要
コンデンサ 容量が0.7倍の物に交換

60 → 50Hzへ変更する場合

トランス 50Hz用に交換(共用品なら不要)
コンデンサ 容量が1.4倍の物に交換


60Hz用のトランスはどうしても50Hzでは使えないのか
  60Hz用のトランスを50Hzで使うと、120%の過負荷状態と同じになりますので、過熱焼損する危険性があります。 しかし、トランスの性能試験をする際は、0~120%の負荷をかけて特性を記録します。 つまり、短時間過負荷にしたからといって直ちに焼損するわけではありません。 電柱の上に付いているような変圧器には、「過負荷運転指針」というものがあり、 例えば50%負荷の状態からならば、30分以内なら150%の負荷をかけてもよい、などと定められています。 電子レンジの場合、動作時間はせいぜい10分程度でしょうから、120%の負荷でも問題ない、 という考え方もあるかもしれません。しかし、もちろん推奨されません。

おわりに
  電子レンジの内部には高圧部分があり、感電すると死に至る危険性があります。 電子レンジの改造についての質問には一切答えられません。もし試してみたい場合は、 安全に十分配慮した上で、自己の責任において行ってください。

  次のページでは、50→60Hzへの変更を実践してみた結果を記します。

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